リスクマネジメントと聞くと、難しい専門用語が並び、年に一度のリスク管理シート作成の時期になると「またこの季節が来たか……」とため息をつく。そんな経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
しかし、本来のリスクマネジメントは、もっと身近で実践的なものです。
事業継続の現場には、長年の経験の中で培われた優れたノウハウが数多く存在しています。こうしたノウハウは、実践的なリスクマネジメントの知恵そのものと言えるでしょう。
酒蔵の杜氏に見る「モニタリング」
例えば、日本の伝統的な酒造りの現場を思い浮かべてみてください。
熟練の職人である杜氏は、発酵中のもろみの状態を日々細かく確認しています。泡の様子、香り、温度、発酵の進み具合など、わずかな変化にも注意を払っています。
そして、
「予定より発酵が進んでいるな」
「いつもと香りの出方が違うな」
といった兆候を察知すると、温度管理や工程の調整を行い、狙いどおりの品質を維持しようとします。
実は、これは現代のリスクマネジメントにおける「モニタリング」の考え方そのものです。
発酵温度や泡の立ち方、香りの変化は「KRI(Key Risk Indicator:重要リスク指標)」として機能しています。そして、一定の管理値を超えそうになったときに温度調整などの対応を行うことが「リスク対応(コントロール)」です。
もちろん、職人たちは「リスクマネジメントを実践している」という意識で仕事をしているわけではありません。彼らにとっては、「良い酒を造るための当たり前の仕事」です。
しかし、その当たり前の中にこそ、不確実性を管理し、品質と事業を守るための知恵が詰まっているのです。
パン屋さんでも、あなたの会社でも同じことが起きている
このような「暗黙知としてのリスクマネジメント」は、あらゆる業種に存在します。
例えば街のパン屋さんであれば、
「今日は朝から雨だから来店客数は減りそうだ。焼き上げる数量を2割減らそう」
と判断するかもしれません。
これは在庫ロスや廃棄リスクを抑えるためのリスク対応です。
また、IT企業であれば、
「最近あのエンジニアの表情が暗いな」
「ため息が増えているな」
といった変化に気付き、業務負荷や人間関係に問題がないか早めに面談を行う管理職もいるでしょう。
これは離職リスクやプロジェクト遅延リスクへの先手の対応と言えます。
どの企業にも、現場のリーダーやベテラン社員が日々観察している「兆候」があります。そして、その兆候をもとにトラブルが発生する前に手を打っています。
これこそが現場で実践されているリスクマネジメントなのです。
「何のためのリスクマネジメントか」に立ち返る
私たちが目指すべきなのは、机上で新しいリスクを無理に探し出すことではありません。
まずは現場にすでに存在しているトラブルを未然に防ぐ知恵を発見し、それを組織で共有できる形にすることです。
・ベテラン社員が何を見ているのか。
・管理職はどんな違和感を察知しているのか。
・お客様からのどのような声を重要な兆候として捉えているのか。
そうした暗黙知を可視化し、誰もが活用できる指標や業務プロセスに落とし込むことが、リスクマネジメントの重要な役割です。
リスク管理シートも、そのための有効な手段の一つです。しかし、シートを埋めること自体が目的になってしまうと、本質から離れてしまいます。
シートを書くことが目的ではありません。
大切なのは、自社が達成したい目標は何か、その目標を実現するために現場ではどのような工夫や判断が行われているのかを見つめ直すことです。
ベテラン社員が日々どんな兆候を見ているのか。
管理職はどのような違和感を察知しているのか。
現場ではどのようにトラブルを未然に防いでいるのか。
そうした暗黙知の中にこそ、あなたの会社ならではの実践的なリスクマネジメントの教科書が隠れているはずです。
あなたの会社では、どのような“当たり前の工夫”がリスクを防いでいるでしょうか。

